豚インフルエンザ
先週末に衝撃が走った豚インフルエンザ(スワイン インフルエンザ)のニュース。これまで新型インフルエンザは鳥インフルエンザから変化するものと一般には認識されていたところに、豚由来のウイルスに多くの人が感染し、これまでに86人以上が死亡している事実はきわめて重く受け止めなければいけない。
今回、メキシコや米国南部を中心に千数百人の患者を出していると見られるウイルスはH1N1型インフルエンザで、現在も毎年流行しているAソ連型ウイルスと基本的には同じものだ。しかしサブタイプとして、今回メキシコで確認されたものは、これまでに人での感染事例がないものとして今後の流行が懸念されている。
最近では「鳥」インフルエンザばかりが話題となっているが、豚も新型インフルエンザの発生に深く関与している。A型インフルエンザには、ウイルス表面のたんぱく質(H、N)の性状からH16種類、N9種類の144タイプが存在するが、豚が感染するのはおもにH1N1型インフルエンザ。もちろんこのウイルスは鳥にも、そして人にも感染するので、鳥-豚-ヒトの間を行き来することが可能であり、新型インフルエンザが生まれる可能性があるわけだ。ヒトのインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザ(H5N1)が交雑して生まれてくる新しいウイルスが警戒されているのはそのためだ。
日本はもちろんのこと各国で今回の豚インフルエンザに対して、おもに水際での対策が強化されている。特にメキシコから帰国する人に対するチェックは厳しくなされるほか、行政機関では相談窓口を設けるなど対策に追われている。米国では非常事態宣言をだして警戒しているが、その一方で市民に冷静に対応することを求めている。
今回の豚インフルエンザに対してどの程度の警戒をするべきであるかは判断が難しい。H1N1インフルエンザは従来のA型インフルエンザと類似しており、検査も容易である上タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ薬の効果も期待できることから、冷静に対応するべきだという意見も一理あるだろう。個人的には、今後1週間くらいの患者動向をみたうえで、今後の対策を考える必要があるのではないかと思う。
WHOが先週末に招集した緊急委員会では、情報が十分ではないとして、世界的な大流行(パンデミック)に備える警戒レベルを即座にフェーズ3からフェーズ4へ格上げすることは見送ったものの、国際的緊急事態であることを各国の共通認識として認めている。WHOでは明日28日に再度委員会を招集するが、感染が拡大していることからフェーズを引き上げる可能性も少なくないだろう。
すでに米国ニューヨークなどでも患者が確認され、しかもヒトからヒトに感染した疑いが強いことがわかっていることから、すでに多くの国・地域にウイルスが拡散している可能性も考えられる。現在のところ、ニュージーランド、フランス、イスラエル、スペインから感染を疑う患者が認められている。ウイルスはメキシコで感染した人が持ち帰ったものと思われることから、一般市民レベルでも特にメキシコからの帰国者との接触には注意が必要だろう。
しかし、米国での患者はメキシコにおける患者よりも症状が一般に軽く回復していることから、豚インフルエンザ感染とはわからないまま、季節性の通常のインフルエンザとされているケースも少なくないかもしれないとの専門家意見もある。
メキシコでは豚から直接感染したケースが死亡例などでは目立っていた。これも個人的な考えだが、豚からヒトに直接感染したウイルスの毒性と、ヒトからヒトに再感染した場合のウイルスの毒性には違いがあるのではないかと思う。今後、メキシコ以外でヒトーヒト感染が認められるようになると事態はいっそう深刻なものになるだろう。
ウイルスは宿主(ヒトや豚など)を殺してしまうと、自身も生きながらえることができない。現在のA香港型ウイルスは比較的強い毒性を備えており、日本だけでも毎年数百人がその犠牲になっているが、このウイルスは自身にとってちょうど都合が良い毒性と感染力に落ち着いたものであるといえる。
さて、豚インフルエンザが今後どのように拡散するのか、あるいは感染収束するのか、現在のところまったく予想はつかない。マスコミ報道ばかりではどうしても不安が煽られてしまう。WHOや各国政府の見解に注意するとともに、自分自身で情報にアクセスすることがとても大切だ。SARSの時に経験したが、当時香港ではマスク姿を除けば普通の生活が営まれていたことが、日本での報道からはまったく伝わっていなかったことに苛立ったものだ。香港の新聞には、「この世の終わり」かと思えるような活字が躍っていたくらいなので仕方がないのかもしれないが、香港市民は実際に自分たちの生活を見ているわけであり、比較的冷静だったように記憶している。今のメキシコはどうだろう。
豚インフルエンザといえども通常のインフルエンザと予防法は変わらない。手洗いの励行は言うまでもないが、適切な栄養摂取、十分な休養をとること、そして定期的な運動を欠かさないなど、免疫力を落とさない生活習慣を心がける必要がある。仮にフェーズが引き上げられたとしても、一般市民レベルでは現在の対応と大きく変わることはない。
なお、現在のWHO(世界保健機関)の事務局長は、元香港衛生署長であり、鳥インフルエンザで世界で初めて死者が出た事例や、SARSも扱っており、その経験を世界の衛生機関の頂点であるWHOで生かしてくれるものと期待したい。